※この記事は、Evocative Session Lab Practice3の内容をもとに構成しています。一部、講座での学びを前提とした専門的な内容を含みます。
セッション中に思いつく介入は、最初から用意していた正解が出てくるわけではありません。
目の前の相手を見ながら、「どうしようかな」「何ができるかな」と必死に関わっているうちに、ふと何かが思いつく。
それを言ってみる。やってみる。
相手の反応を見て、また次の一手を考える。
私は、セッションではいつもそんなことをしています。
「どうしようかな」と思わないセッションはない
パーツを扱う時も、やり方は一つではありません。
そのパーツを外に出して椅子に置いてみることもあるし、会話をすることもある。非言語的な動きを使うこともあれば、何かのストーリーを話すこともある。
その人の趣味や、普段の生活にあるものを使うこともあります。
「これをやればいい」というものが決まっているわけではないんです。
例えば、ある方は胃の痛みを抱えていました。
以前は体を動かす施設に行っていたけれど、けがをしてから行かなくなっていた。胃が痛いから、やめておこうとなる。
けれど、そのパーツに聞いてみると、「寂しい」「みんなと一緒にワイワイしたい」という感じが出てきた。
体調が悪いから行かない。
行かないから悲しむ。
悲しむから、また体調が悪くなる。
そんな循環が起きているようでした。
そこで、私はふと思いついて、「その循環はどちら向きに回っていますか」と聞きました。
左回りだということだったので、実際に左に回してもらう。すると、きつい感じがする。パーツも悲しんでいる。
では、反対に回してみる。
そうすると、少し良い感じがする。パーツも喜んでいる。
そこから、その動きを使いながら、別のパーツの存在にも気づいていきました。
右手で止める動きが出てきて、その右手に「何と言っているのか」と聞いてみる。すると、「私も一緒に遊びたい」という反応が出てきた。
最初から、そこまでわかっていたわけではありません。
「循環かもしれない」「回っているのかもしれない」と、その場で思いついたものを言ってみた。
やってみたら、相手の感覚が変わった。
その反応を確かめて、また次をやってみた。
そうやって進んでいっただけです。
相手の反応を確かめながら進む
大切なのは、こちらが何かを思いついたことよりも、それを相手の中で確かめてみることです。
思いついたからといって、それが正解とは限りません。
言ってみて、相手の反応を見る。
体の感覚がどう変わったかを聞く。
パーツがどう感じているかを確かめる。
違うようなら、また別のやり方を試す。
パーツがはっきり出てこなくても、何かを動かしてみた時に「少し変な感じがする」「嫌な感じがする」という反応があれば、それで十分なこともあります。
わざわざ強くパーツを出さなくても、そこに何かがあるとわかる。
その感覚に届くように、こちらが関わっていく。
アプローチは、本当に多岐にわたります。
会話が必要な時もある。非言語的な働きかけが必要な時もある。過去に関係することもあれば、未来のイメージが役立つこともある。
何が必要かは、その場になってみないとわかりません。
だから、全部を持ち込んで、なんとか仲直りしてもらう。
そんな感じです。
思いつくために、必死になる
「どうやってそんなアイデアを思いつくんですか」と聞かれることがあります。
でも、思いつこうとして思いついているわけではありません。
「どうしよう、どうしよう」と思いながら、最後まで必死にやっている。
その中で、何かが出てくる。
これが答えに近い気がします。
どうしようと思う経験をたくさんしていくほど、何かを思いつくようになる。
セルフでいろいろ試していることも、そのまま技法として使うというより、そこでの体験が、実際のセッションの瞬間に出てくることがあります。
「あの時にやったことを使おう」と考えているわけではないけれど、似たような場面で、ふっと出てくる。
だから、学んでいることや、自分で試していることは、知識として蓄積されるだけではありません。相手を前にした時の、自分の反応やひらめきの土台になっていく。
こちらが固まったら、こちらが変わる
セッションでは、クライアントを変えようとするほど、こちらが固まってしまうことがあります。
座っていてうまくいかないなら、立ってみてもいい。
立ってだめなら、座ってもいい。
必要なら、寝転がってもいい。
ストーリーを話してみる。好きなキャラクターを登場させてみる。趣味の話をしてみる。
相手がついてくるなら、やり方は変えていい。
相手を無理に動かすのではなく、こちらが柔軟に変わっていく。
そのためには、少し遊び心も必要になると思います。
もちろん、思いついたものが毎回うまくいくわけではありません。あとから「ああすればよかった」と思うこともあります。
けれど、その時はその時で、いつもベストを尽くしている。
セッションは、コーチや施術者が納得するためのものではなく、クライアントのものです。こちらに少ししこりが残っていても、相手にとって何かが動いていることはあります。
むしろ、こちらがすっきり満足している時より、「どうだったんだろう」と残る時の方が、相手の中では何かが続いていることもある。
だから、毎回きれいに終わらなくてもいい。
「どうしようかな」と思いながら関わり続ける。
相手の反応を確かめながら、思いついたことを試していく。
その過程自体が、相手にとっての新しい経験や学習になっているのかもしれません。
