※この記事は、Evocative Session Lab Practice3 Day1の内容をもとに構成しています。一部、講座での学びを前提とした専門的な内容を含みます。
何かを変えたくて、クライアントは私たちのところにやってきます。
腰の状態かもしれないし、心の状態かもしれない。悲しい状態、鬱々とした状態、腰痛、眼精疲労。少なくとも、今ある何らかの状態を変えたいと思っている。
そして、「何をすれば変わるのか」を本人が知っていることもあります。
腰痛なら運動したらいい。お風呂に長く浸かったらいい。血流をよくしたらいい。
でも、それをしなかったり、しても変わらなかったりする。
ここで私たちが考えてみたいのが、変化をしないことも、その人にとってはとても安全なのかもしれないということです。
変わりたい自分と、変わりたくない自分
今までのやり方で、ここまで生き延びてきた。
だとすると、そのやり方を変えることは、ある意味では危険でもあります。
だから何かを変えようとすると、抵抗が出てくる。
私たちは、その抵抗をサバイバル自己として捉えることがあります。
変化を拒む、もう一人の自分です。
ただ、その自分は単に変化の邪魔をしているわけではありません。
今までのやり方を続けることで、その人を守ろうとしている。生存戦略として、とてもよく頑張ってきた。
だから私は、そのサバイバル自己に対して、
「今まで、とてもよく頑張ってきた」
ということを承認していきたいんですね。
今までそれを頑張ってきたからこそ、その人は今、こうして私の目の前に生きている。
その人の意識だけに伝えるのではなく、その人の中にいるパーツに対して、意識を通して無意識に伝えていくような感じです。
「頑張っていますね」と言えば届くわけではない
ここでいう承認は、言葉の内容だけではありません。
声のトーン、仕草、表情、姿勢、その場の空気感。
そういったものを通して、承認されていることを肌感で感じられるようにしていきます。
なぜなら、パーツというのは、理解として生まれてきたものというより、体の神経系の感覚として生まれてきているものだからです。
だから、「頑張っていますね」と言葉で言っただけでは、パーツには届かないことがある。
そして、このことが分かってくると、必ずしもパーツを右や左に座らせて、目に見える形で扱わなくてもよくなってきます。
その前から、こちら側がその意図を持って接することができる。
意識に伝えたり、無意識に伝えたり。
今、目に見える形でパーツを扱う練習をしていることは、行く行くはそうした関わり方につながっていくのだと思います。
同じ症状も、どの「穴」から見るかで違って見える
例えば、右手の親指がしびれている人がいたとします。
話をしていると、
「右肩は昔よくひねったり、手をついたり、怪我をしたから、そういうのも影響しているかな」
と話された。
私がまず気になるのは、
なぜ今、大昔の怪我のことを話されたんだろう?
ということです。
もちろん、実際に昔の怪我が影響しているのかもしれません。
ただ、それだけではなく、パーツという「穴」からその人を見てみることもできます。
すると、
昔怪我をした、かつての自分。
怪我のことを思い出させる自分。
右肩に不安を持つ自分。
しびれを出させる自分。
いろいろなアイデアが出てきます。
血流という見方をすれば、血流についてのアイデアが出てくるでしょう。
筋肉から見る。神経から見る。骨から見る。
そして、パーツから見る。
どれか一つが正しいというより、どこから見るかによって、見えてくるものが変わるわけです。
「しびれている」を一つの状態として見る
右手の親指がしびれている。
私たちは、これを一つの「状態」として捉えます。
そして状態であるならば、そこにはいろいろな構成要素がある。
血流の状態、骨の状態、筋肉の状態、心の状態、考え方、信念、価値観、パーツ、トラウマ。
いろいろな要素が、今、一つのシステムとして動いている。
だから、「右手の親指がしびれている」という状態が続くことができている。
普通の整体師であれば、血流や筋肉、骨から見ることが多いかもしれません。
カウンセラーであれば、心の状態から見るかもしれない。
私たちは、そこにもっといろいろなものを持ち込むことができます。
その一つが、パーツという見方です。
「昔の怪我が影響しているかな」と言ったのは誰だろう
「昔の怪我が影響しているかな」
この一言を聞いたとき、私は例えば、その人の右側から、
「影響してるんじゃない?」
とボソッと言っているもう一人の自分を、頭の中でイメージするかもしれません。
もちろん、本当にそのパーツがいるかどうかは分かりません。
だから、決めつけるわけではない。
ただ、昔の傷が今も影響しているのではないかと心配している自分がいるのかもしれない。
だとすると、
「昔の傷が今も影響しているのかなと思うと、確かに心配になりますよね」
「実際に何度か転んだり、何度も症状が出ている。そう思うのも無理もないですよね」
そんなふうに声をかけながら、少しずつ、
「そうやって心配してくれている自分がいるようですね」
と分離していくことができます。
そして、
「その自分は、一体何を心配してくれているんでしょうね」
と聞いてみる。
パーツを実際に座らせなくても、分離は喚起できる
トレーニングでは、そういう自分が右や左、後ろにいるとしたら、と実際に位置をつくり、言葉をアクションにする練習をすることがあります。
でも、実際のセッションでは、いつもそれをするわけではありません。
例えば整体を受けに来た人に、問診の途中で急に、
「では、その自分を右側に座らせてください」
と言っても、その人はそれをしに来たわけではないので、びっくりするかもしれません。
だから、クライアントには言わなくても、施術者である私の頭の中ではやっている。
「昔の怪我も影響しているかな」
と言った瞬間に、右側からそれを言っている人がいるようなイメージを、パッとつくってみる。
すると、私の中では、目の前に二人いるような状態になります。
そこから相手の言葉を受け取りながら、少しずつ「そういう自分がいる」という状況をつくっていく。
そして質問をしてみる。
そのとき、相手はどんな反応をするだろう。
どんなふうに答えるだろう。
そこを見ながら、反応性を構築していく。
目に見える形でパーツを扱う練習は、その形をそのまま実際のセッションで使うためだけのものではありません。
実際にやることもあれば、頭の中だけでやることもある。
パーツという見方を持つことで、これまでとは違うものが見えるようになる。
そして、その見え方そのものが、少しずつ私たちの声のかけ方や、その場での関わり方にも入ってくるのだと思います。
