※この記事は、講座での対話をもとにした補足解説です。
「今日はどんな日にしたいですか?」
そんな問いから、その日の時間が始まりました。
「いつも、その時のテーマみたいなものはあるんですか?」
そう聞かれて、私はこう答えました。
何にもないんです。
目の前に、真っ白なキャンバスがあるような感じです。
そこに、「今日はこれを描かなければいけない」というものはありません。
ただ白いキャンバスが目の前にあって、
「さあ、今日はここに何が描かれるんだろう」
というところから始まる。
だから、その日にどんなものが描かれるのかは、まだ私にも分かりません。
先にテーマを決めない
講座だからといって、最初から何か一つテーマを決めて、そのテーマについて話していくわけではありません。
もちろん、何か扱いたいものを持っていることもあると思います。
でも、「今日はこれをやる」と最初から決めてしまうのではなく、その場にいる人が何を話すのか、何が出てくるのかを見ていく。
この日は、参加していた方が席に座りながら、
「本当に自分の日って感じがする」
ということを話していました。
その少し後には、突然近所の人がやってきたことから、田舎で暮らす中での人とのつながりの話になっていきます。
そして、その話を聞きながら私は、
「突然の訪問者が来たりするわけですよね。そしてウェルカムされる。今日は何をウェルカムしていきますかね」
と聞きました。
最初から予定していた流れではありません。
その場で起きたことから、次の話が生まれているんですね。
何が出てくるか、まだ分からない
私は、この「まだ分からない」という状態を大切にしています。
真っ白なキャンバスなので、何を描いてもいい。
まだ何も描かれていないからこそ、その人が今話したことも、その場で起こったことも、そこに置くことができます。
この日は「自分の日」という何気ない一言から、
「最近ずっと外側に目が向いていて、自分のことを考えてこなかった」
という話が出てきました。
そこから、
自分はどういう人なのか。
何をしていると落ち着くのか。
どういうことを言われると傷つくのか。
そういう、自分自身を見つめていく話へと自然に進んでいきました。
最初に「今日は自分について考えましょう」と決めていたわけではありません。
でも、その日に出てきたものを一つずつ見ていくと、いつの間にかそこに一つの流れができていました。
支援者が先に絵を描かない
真っ白なキャンバスがあると、つい何か描きたくなるかもしれません。
今日はこういうテーマにしよう。
この人にはこれが必要だろう。
ここに向かって話を進めよう。
でも、先にこちらが描いてしまうと、その人がその日に描こうとしていたものとは違う絵になることもあるかもしれません。
だから私は、まず白いまま置いておく。
そして、
「今日はどんな日になるんでしょうね」
くらいのところから始める。
話しているうちに出てきた言葉。
ふと思い出したこと。
その場で起きた出来事。
そういうものを一つずつ置いていくと、後から見た時に、「今日はこういう日だったんだな」と分かってくることがあります。
最初から完成した絵を知っている必要はないんですよね。
まだ何が描かれるか分からない。
だからこそ、自由に描くことができる。
そんなところから始まる時間があってもいいのだと思います。
