セッションの中で、クライアントさんがなぜか毎回「すみません」と謝っていることはないでしょうか。
あるいは、こちらがつい説明をしすぎてしまう。相手に合わせ続けてしまう。そんなこともあるかもしれません。
クライアントさん自身も、「また同じ反応をしてしまった」と苦しんでいる場合があります。けれど、それはその人の性格の問題ではなく、私たちの間にある交流のパターンが繰り返されているのかもしれません。
「すみません」と「大丈夫ですよ」が続く関係
交流分析では、人は単に会話をしているのではなく、ある役割から相手と交流していると考えます。
たとえば、クライアントさんが「すみません。こんな話ばかりして」と言ったとします。すると支援者は、反応的に「いやいや、大丈夫ですよ」「そんなふうに思わなくていいですよ」と返すかもしれません。
一見すると、やさしく安心させる関わりに見えますよね。
けれど、このやり取りの中で、クライアントさんは自分を小さくしていきます。「すみません」と言って、あえて自分を低い位置に置く。一方で支援者は、「大丈夫ですよ」と支える位置に入る。
こうして、クライアントさんが小さくなり、支援者が支えるという固定された交流が続いていくことがあります。
もちろん、安心してもらおうという思いから出た言葉です。ただ、その安心が、変化につながっているとは限りません。同じ交流が繰り返されることで、関係の流れそのものが変わらなくなってしまうこともあるのです。
相手を変えるのではなく、こちらの反応を変える
いつものパターンから抜け出そうとするとき、多くの人は「相手にどう変わってもらうか」を考えるかもしれません。
けれど、相手をすぐに変えることはできません。私たちが変えられるのは、まず自分の反応です。
たとえば、「すみません」と言われたとき、いつものように「大丈夫ですよ」と返さず、黙って間をつくる。これだけでも、いつもとは違う反応になります。
すると、クライアントさんは「すみません」と言えば、支援者がすぐに安心させてくれる、といういつもの交流を続けにくくなります。別のやり方を選ぶ必要が出てくるからです。
沈黙は、何もしていないように感じるかもしれません。でも、いつもの流れをいったん止めるための、ひとつの関わり方になり得ます。
「どこから話しているのか」に気づく
私たちは、相手が何を言ったかに注目しがちです。ただ、実際には「その人がどこから話しているのか」を見ることが大切になります。
たとえば、「どうせ私は変えられません」「私なんて」と言う人がいるとします。そこには、難しさを訴えたり、言い訳のように話したりする子どもの自我状態が表れているのかもしれません。
そのとき支援者が「いやいや、変われますよ」と返すと、今度は支援者が親の位置に入ります。相手が子どもの位置から話し、こちらが親として励ます。こうして、いつもの交流が続いていくわけです。
「どうせ私は変えられません」と言われたとき、すぐに「大丈夫」「変われます」と返さず、少し間を置くことができます。
そして、「変われないと感じるほど、何かが苦しかったのかもしれませんね」と伝え返す。これは親の位置から励ますのではなく、成人の位置から、相手の言葉を受け止める返し方です。
同じ言葉への返答でも、どこから返すかによって、交流の質はまったく違うものになります。
正しい言葉より、一呼吸おいて選ぶこと
セッションの現場では、「こう言われたから、こう返す」と反射的に反応することを、できるだけ避けたいものです。
そのために、まず一呼吸を置いてみる。今、自分はどこから反応しようとしているのか。そして、この人にとって今はどの反応がよいのか。そこに選択肢を持てるようにしておくことが大切になります。
支援とは、正しい言葉を言うことだけではありません。
いつもの関係の流れをそのまま続けるのか、それとも新しい交流体験が生まれるように、こちらの反応を選び直すのか。その場を見ながら、意識的に整えていくことでもあります。
クライアントさんがいつも同じ反応をしているように見えるとき、私たちもまた、いつもの役割に入っていないでしょうか。
「すみません」に「大丈夫ですよ」と返す前に、ほんの少し間を置いてみる。その一呼吸が、これまでとは違う関係の流れをつくるきっかけになるのかもしれません。
