クライアントに提案をしているのに動かない。本人も問題を解決しようと頑張っているのに、やり取りがどこか噛み合わない。
あるいは、支援者もクライアント自身も「こうすればいい」とわかっているはずなのに、変われない。そんな場面があります。
変化を望んでいるのに変わらないのは、意欲が足りないからなのでしょうか。ひょっとすると、変えようとする関わり方そのものが、少しずれているのかもしれません。
消したい部分にも、その人なりの働きがある
私たちは問題を直そうとするとき、悪い部分をなくしたり消したりして、正しい方向へ導こうとしがちです。「怖がっている自分はいらない」「守ろうとする自分を乗り越えて、やるぞという自分になろう」とするような関わりです。
けれど、クライアントの中には、すでに何かを守ろうとしている部分があります。怖がっている部分もある。頑張っている部分もあれば、批判している部分もある。
そうしたさまざまな側面、さまざまなパートをなくして、一つの理想的な自分だけにすることが変化なのではありません。
むしろ、それぞれの顔を持つ自分が、もう一度つながり直す。そのときに、本当の変化が起きてくるのだと思います。
「こうなったほうがいい」が流れを止めることがある
ミルトン・エリクソンやジェネラティブトランスの視点では、変化は言葉による理解や論理的な説明だけで起きるものではありません。
感覚やイメージ、その場の空気感、関係性、セッションの流れ。そうしたものが重なり、混ざり、流れていくなかで、変化は起きてきます。
だから支援者が「こうなったほうがいいですよ」「これが正解ですよ」と決めて、説得したり説明したり変えようとしたりすると、かえってクライアントが頑なになることがあります。そこにある流れが止まってしまうからです。
ギリガン博士は、このような変化を「新しいアイデンティティが誕生する」と表現します。それは支援者がつくるものではありません。クライアントとの関係性と、セッションで共有される体験のなかから、自然に立ち上がってくるものです。
まず、そこにある糸に触れていく
変わらない部分を押しのけるのではなく、その部分が持っている糸に触れていく。
守ろうとしている糸。怖がっている糸。頑張っている糸。批判している糸。そのどれかだけを正しくして、ほかを消すのではなく、さまざまな糸に触れていくことが、統合的な体験につながっていきます。
セッションで起きる変化は、「変えよう」と強く引っ張った先にあるとは限りません。クライアントの中にすでにある複数の側面がつながり直し、そこから新しい自己が生まれてくる。
変わらない場面に出会ったときこそ、何を変えるべきかを急ぐ前に、まだ触れられていない糸があるのかもしれません。
