クライアントがたくさん話している。けれど、聞けば聞くほど「本当に大事なのは何だろう」と分からなくなってくる。
そんなとき、支援する側はつい話を整理したくなります。「つまり、こういうことですね」とまとめて、答えらしきものを提案する。
けれど、その瞬間に相手の表情が少し止まることがあります。
こちらが整理してあげることは、本当に相手のためになっているのでしょうか。あるいは、まだ言葉になっていない相手の体験を、早く一つの意味に閉じ込めてしまってはいないでしょうか。
セッションで大切なのは、相手を正しく理解することだけではなく、相手が自分自身を理解し直せる場をつくることなのかもしれません。
とりとめのない話は、考えが浅いとは限らない
人がとりとめなく話しているときがあります。話題が行ったり来たりして、何を言いたいのかがまだ見えてこないように感じることもあります。
でも、それは考えが浅いからとは限りません。まだ、その人の中にあるものが明確な輪郭になっていないだけかもしれません。
霧の中を歩いていて、自分がいまどこにいるのか見えない。そんな状態に近いのだと思います。
このときに急いで結論を出すと、その人にとって本来大事だったものを見失ってしまうことがあります。話を整理して前に進めたように見えても、相手の内側では、まだ置いていかれたものが残っているかもしれません。
支援者は、霧を晴らす人ではないのだと思います。一緒に、その輪郭を探す人です。
答えを示すのではなく、仮説を置いてみる
そこで使えるのが、クライアントの体験を明確にする関わり方です。
これは、相手の話を聞いて「答えはこれですね」と当てにいくことではありません。相手が自分の体験を見つめ直せるように、ひとつの仮説をそっと置いてみることです。
例えば、相手が「認められたい」と話しているときに、こう返すことができます。
> それは認められたいというより、期待に応え続けるところから来る疲れのようなものかもしれませんね。
あるいは、「辞めたい」と言っている人に対しても、すぐに辞めるか続けるかという話にしないで、こう置いてみることができます。
> 辞めたいというより、この形では続けられない、という感じかもしれませんね。
どちらも決めつけではありません。「こういうことですね」と確定させるのではなく、「どうだろう」と相手が考えられる余白を残しています。
その余白があるからこそ、本人は自分の中で選び直していくことができます。
「いや、そうじゃない」が輪郭をつくる
明確化は、こちらの仮説が当たることを目的にするものではありません。
むしろ、相手が「どうだろう」と立ち止まることで、ぼんやりしていた体験の輪郭が少しずつ見えてきます。
ときには、「いや、そうじゃないですね」と言われるかもしれません。
でも、それでいいのだと思います。「そうじゃない」と言えること自体が、その人の中で輪郭がはっきりしてきた証拠だからです。
「認められたいわけではない。期待に応え続けてきたことに疲れているんだ」
あるいは、「辞めたいわけではない。このままの形では続けられないんだ」
こちらの言葉をきっかけにして、相手自身が自分の言葉へ近づいていく。その過程に意味があります。
話が堂々巡りしているように見える場面でも、ただ整理して終わらせるのではなく、体験の輪郭を一緒に探していく。そうすると、相手が自分で気づく瞬間が増えていきます。
「つまりこういうことですね」と、急いで言わない
支援者の役割は、答えになることでも、「答えはこうです」と示すことでもありません。
相手の中から答えが出てくるような場になることです。
そのための小さな始め方として、「つまりこういうことですね」とすぐに言わないことがあると思います。
話をまとめたくなったとき、少しだけ留まる。相手の言葉を一つの結論にする代わりに、「それは、こういう感じかもしれませんね」と仮説として差し出してみる。
そこで相手が頷くのか、違うと言うのか、あるいは言葉を探し始めるのか。その反応の中に、その人自身の答えへ向かう輪郭が現れてくるのかもしれません。
