ちゃんと関わっているつもりなのに、どこかセッションがずれていく。
いい質問をしているはずなのに、クライアントの深いところには届かない。あるいは、役に立たなければと思うほど、相手の話から離れていってしまう。
そんなとき、足りないのは質問の技術なのでしょうか。
私はむしろ、コーチ自身の内側で起きていることが、知らないうちに場の中心を動かしていることが多いように思います。では、クライアントが自分自身に向き合える場に留まり続けるために、コーチは何を扱う必要があるのでしょうか。
セッションの中心が、いつの間にかコーチ側へ移る
コーチングがずれるとき、その原因は技術ではないことが多いものです。
よく見られたい。正しくありたい。役に立ちたい。何か言わなければならない。
そうした動きは、誰にでも起こる自然なものです。感じてはいけないわけではありません。
ただ、その感覚に乗ってしまうと、もともとクライアントのニーズを中心にしていたはずのセッションが、少しずつコーチのニーズを中心にした場へ移っていきます。
「私は今、何を言うべきだろう」
そんな問いが強くなるほど、コーチの注意はクライアントの内側ではなく、自分自身の振る舞いへ向かいます。すると、どれほど「いい質問」であっても、相手にとって今必要なところからはずれてしまうことがあります。
自己管理は、何も感じなくなることではない
ここでいう自己管理は、感情を抑え込むことでも、うまく振る舞うことでもありません。
自分の内側で起きていることに巻き込まれず、クライアントの内側に留まり続ける力です。
例えば、セッションに沈黙が訪れたとします。
「まずいかも」と思うかもしれません。それ自体は自然なことです。けれども、その焦りを何とかしようとして、急いで質問を重ねたり、言葉を足したりすると、沈黙の中で起きていたかもしれないことを途切れさせてしまいます。
そんなときは、「まずいかも」という感覚を一度横に置いてみる。
そして、問いを少し変えてみます。
この沈黙の中で、クライアントの中には今、何が起きているのだろう。
沈黙を埋めるべきものとして見るのではなく、相手の内側に興味を向け続ける。その切り替え自体が、自己管理なのだと思います。
コーチが前に出るほど、クライアントはコーチを見る
象徴的に言えば、コーチが前に出るほど、クライアントはコーチを見るようになります。
コーチが引くほど、クライアントは自分を見ることができるようになります。
ここでいう「引く」とは、何もしないことではありません。コーチの不安や焦り、役に立ちたい気持ちを、場の前面に出さないということです。
コーチの存在感を調整することで、クライアントが自分自身に集中できる余白が生まれます。
何か言わなければと思った瞬間には、まず「私は今、焦っているな」と気づく。そして同時に、注意を相手へ戻します。
「今、相手の中では何が起きているかな」
それだけでも、セッションの向かう先はずいぶん変わっていくはずです。
コーチングは、何かを与えること以上に、相手の中にすでにあるものが見えてきて、立ち上がってくるような場をつくることなのだと思います。
だからこそ、「いい質問」を探す前に、自分が今どこに立っているのかを見てみる。コーチの内側の動きを感じながらも、それを前に出さず、クライアントの内側に留まり続ける。
その自己管理、あるいは自己調整が、相手が自分を見るための静かな空間を守ることにつながっていきます。
