セッションの中で、「もっといい質問をしなければ」「何か役に立つアドバイスをしなければ」と思うことがあります。

相手が困っているほど、こちらは答えを急ぎたくなるものです。けれど、そのとき支援者が答えを渡すことは、本当に相手の変化につながるのでしょうか。

ミルトン・エリクソンは、人を変えることよりも、その人が内側にあるリソースを再発見し、そこにつながっていくことを大事にしていたようです。

だとすると支援者に必要なのは、答えをうまく提示することではなく、相手自身の無意識が答えを見つけられる状態をどう整えるか、ということかもしれません。

外へ散っている注意が、一か所に集まるとき

私たちの意識は、不安や心配、考え事に引っ張られやすいものです。あれこれ考え、答えを出そうとし、いろいろな方向に注意が散っています。

エリクソンはよく、「あの一点を見つめてください」と言ったそうです。

注意が一か所に集まると、外側のあちこちへ向かっていた意識が少し静まっていきます。そして一点に集中することで、今度は自分の内側で起きている体験が豊かになっていく。

ここで大切なのは、何か特別な答えを教えることではありません。外側の問題や、「どうすればいいのか」という思考に向いていた注意が、少し内側へ戻ってこられるようにすることです。

「ちゃんと考えなければ」を、いったん止めてみる

けれど私たちには、いつもの反応があります。

答えを出さなければならない。考え続けなければならない。何かわかるように話さなければならない。そうした思考の習慣が、無意識のうちに働いています。

だからセッションの中で、「今は話す必要はありませんよ」「何もしなくても大丈夫ですよ」と伝えることには意味があります。

それによって、その人の「ちゃんとしなきゃ」「考えなきゃ」といういつもの習慣が、少し緩むことがあります。いつもの思考パターンがいったん止まると、そこに隙間ができます。

新しい可能性は、その隙間にようやく入ってきやすくなるのかもしれません。

支援者が急いで質問や説明を重ねると、その隙間はすぐに埋まってしまいます。相手がまだ言葉にしていないものを、こちらの言葉で急いで形にしないことも必要になります。

沈黙の間に、無意識は連想を始める

注意が内側に向き、いつもの反応が少し緩んだあとに必要になるのが、無意識が自由に探索できる余白です。

例えば、少し沈黙する。無理に説明を足さない。すぐに答えを与えない。

ほんの少しの間であっても、その余白のなかでは、体の感覚、記憶、イメージ、感情が結びつき始めることがあります。無意識は連想するものだからです。

そして、さまざまな連想が動き始めるこのプロセスこそが重要なのだと思います。

催眠を、暗示を与える技術としてではなく、無意識が自由に探索し、連想できる状態をつくることとして捉えるなら、支援者の役割も少し違って見えてきます。

うまく話すことだけが求められているわけではない。相手の無意識が自在に連想し、動き始められるような条件を整えることもまた、支援なのだと思います。

答えは、支援者が与えるものではなく、相手のなかから自然に生まれてくることがある。そのために、いま目の前のセッションには、注意を集めること、いつもの反応を少し休ませること、そして沈黙を急いで埋めないことが必要なのかもしれません。

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