返信が少し遅いだけなのに、急に強い不安になる。

少し注意されただけなのに、ものすごく落ち込んでしまう。

支援の場では、出来事そのものと比べて、反応がずいぶん大きく見える場面があります。目の前で起きたことだけを見れば、「そこまで反応しなくても」と感じることもあるかもしれません。

けれど、その反応は本当に、いま起きた出来事だけへの反応なのでしょうか。

私は、ときに現在の刺激が、過去からいるパーツたちを次々に起動しているのではないか、と考えています。目の前の出来事は始まりではあっても、その人を苦しめている中心が、出来事そのものとは限らないのです。

返信が遅いことと、「私は大事じゃない」が起きること

例えば、パートナーから返信がなかなか返ってこないとします。

表面的に起きているのは、ただ「返信が遅い」という出来事です。それ自体は、返信が遅いというだけのことです。

ただ、その刺激を受けた内側では、別のことが始まる場合があります。

「置いていかれている」

「私は大事じゃないんだ」

「どうせ愛されない」

「もう嫌だ」

このような連想が、一気に起きる人がいます。

だとすると、その人を悩ませている問題は、単に相手の返信が遅いことではありません。返信が遅いという現在の刺激を受けて、自分の内側で起きている連鎖のほうが、ずっと大きな苦しさになっているのかもしれません。

私たちはつい、いま起きたことに反応しているのだと思います。何かにぶつかって「痛っ」となるように、刺激があって、それに対して反応が起きる、と。

もちろんそういう面もあります。ただ心の中では、現在の刺激が過去の記憶やパーツを呼び起こしていることがあります。

パーツは、一人ずつ孤立しているわけではない

パーツは、それぞれが孤立して存在しているわけではありません。むしろチームメイトのようなもので、あるパーツが起動すると、別のパーツも呼び起こされることがあります。

例えば、孤独な子が刺激される。

すると、恥のパーツが出てくる。さらに諦めるパーツが出てくる。そして最後には、「もう消えてしまいたい」と感じるようなパーツまで出てくることがある。

まるでドミノのようです。ひとつが倒れると、次々に倒れていく。

この連鎖はとても速く、一瞬のうちに起きます。だから最終的に現れた感情だけを見ると、「なぜそこまで強い反応になるのだろう」と、周囲には理解しにくいことがあります。

けれど本人の内側では、突然ひとつの感情が生まれたわけではないのかもしれません。現在の刺激をきっかけにして、過去につながるいくつものパーツが順番に目を覚ましている。その結果として、最後に強い感情が現れているのかもしれません。

「もう無理」の前に、何が起きていたのか

多くの場合、本人が訴えるのは連鎖の最後に出てきたものです。

「もう無理です」

「消えたいです」

「怒りが止まりません」

こうした言葉が出てくると、支援する側としては、その最後に現れた強い感情を扱いたくなります。それは自然なことです。

ただ、そこで少し視点を変えてみることもできます。

その感情の前には何が起きていたのだろう。

さらにその前には、どんなパーツがいたのだろう。

ほかには、誰が起きていたのだろう。

そのように聞いていくと、見えてくる景色は変わってきます。最後の結論だけを問題として止めようとするのではなく、その結論へ至る内側の連鎖を理解していくことができるからです。

強い反応を「過剰反応」として見るのではなく、内側で何が順番に起きているのかを見る。そう考えると、関わり方も少し変わるかもしれません。

最初に起きたのは、誰だったのだろう

目の前で大きな感情が起きているとき、その感情だけを見ていると、現在の出来事がすべての原因に見えてしまいます。

でも、いま起きている反応の一番最初は、誰だったのでしょうか。

返信の遅さに触れたとき、最初に孤独な子が起きたのかもしれません。注意された瞬間、恥を感じるパーツが先に出てきたのかもしれません。そして、そのあとに別のパーツが呼ばれ、最後には「もう無理」というところまで連鎖していったのかもしれません。

現在の刺激は確かにあります。ただ、その刺激が過去のパーツを呼び起こし、内側で連鎖が起きていることもあります。

その視点を持ちながら話を聞くとき、私たちは最後に出てきた反応だけでなく、その人の内側で何が起きていたのかを、少しずつ見ていけるようになるのだと思います。

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