「もう無理です」「怖いです」「できません」とクライアントが話しているとき、こちらは励ましたり、状況を整理したり、安心してもらえる言葉を探したりします。
それでも、なぜか届かないことがあります。
そんなとき、起きているのは感情がただ強いということではなく、その感情と完全に一体化している状態かもしれません。怖さがある、というよりも、「私は怖い」「私はできない」そのものになっている状態です。
だとすると、支援で急ぐべきなのは、怖さや悲しみを消すことではありません。その感情と、少し違う関係を結べるようになることです。
「私はできない」と言うとき、誰がそう感じているのか
感情と一体化しているとき、人は「私はできない」と言います。
けれど、そこにほんの少し距離が生まれると、「できないと言っている部分がある」という言い方ができるようになります。
この違いは小さく見えるかもしれません。でも、「私」と「できないと感じているもの」が分かれはじめる、大事な入り口です。
例えば、クライアントが「どうせ変われません」と言ったとします。その言葉をすぐに否定したり、変われる理由を伝えたりするのではなく、こう返してみることができます。
「変われないと感じるくらい、何かを守っている部分があるのかもしれませんね」
すると、それまで本人そのものだった感情が、「その人の中にある一部」として見えはじめます。感情が一部になっていくことで、自分とそれとの距離、そして主体性が少しずつ取り戻されていきます。
感情だけを見つめず、今の身体へ戻ってくる
ただ、感情を扱おうとすると、かえってその感情に飲み込まれてしまうことがあります。
だからこそ、身体を使って今の自分に戻ることが必要になります。
少し背筋を伸ばしてみる。足の裏を感じてみる。呼吸を感じてみる。
例えば、怖い気持ちを持っている人に対して、「怖い気持ちを持ちながら、今この椅子に背中を伸ばして座ってみることはできるでしょうか」と尋ねてみる。
怖さをなくしてから座るのではありません。怖さがあるまま、椅子に座っている今の自分へ戻ってくる。その両方を保てることが大切です。
怖がっている自分を、もう一人の自分が見られるようにする
「怖い」という感覚があります。
同時に、「怖がっている自分がいる」という気づきもあります。
この二つがともに存在する状態を育てていくことが、感情との距離をつくっていきます。
支援者が「この人は何を恐れていると思いますか」と尋ねるのも、そのためです。もともとは自分そのものだった感情が、少しずつ「自分が関係を結べるもの」へと変わっていくからです。
感情の中にいるだけでは、その感情を眺めることは難しいものです。けれど、怖がっている自分に気づけるとき、そこにはすでに、怖さだけではない場所が生まれています。
大人になった自分から、幼い部分へ語りかける
感情と少し距離が取れてくると、自分自身がすでに大人になっていることにも戻ってこられます。
その大人の自分から、幼い部分へ語りかけていきます。
パーツは未来には行けません。過去でしかできないものです。だから、その部分は今の自分よりも幼いところにいるのかもしれません。
例えば、こんなふうに声をかけます。
「あなたが怖いと思うのは当然ですよ。今は一緒に確認しながら、話をしていきましょう」
ここで大切なのは、説得することではありません。「大丈夫だから変わろう」と言い聞かせることでもない。
その部分と一緒に探求していく姿勢です。怖がっている部分がなぜそこにいるのか、何を守ろうとしてきたのかを、今の大人の自分がそばで確認していく。その関係がつくられていきます。
一度わかることより、何度も関係を結び直すこと
こうしたことは、一回理解して終わるものではありません。
何度も自分で体験していく必要があります。
寝る前に10秒だけ、「今日はどんな部分が頑張っていたかな」と思いを寄せてみる。それだけでもいいと思います。
あるパートを思い出し、その部分との対話を一日に何回か続けてみることもできます。
不安や怖さ、嫌な感情は、敵とは限りません。多くの場合、それはその人を守ってきた歴史でもあります。
だから支援は、不安をなくすことではないのだと思います。不安だと思っているその部分との関係を、もう一度見直すこと。そして、その部分とよりよい状態で結び直していくことです。
「もう無理です」という言葉に出会ったときも、急いで変えようとする前に、その言葉を言っている部分がいるのかもしれない、と一緒に見てみる。そこから、安心と変化が同時に起こりはじめることがあります。
