セッションの中では、いいところまで行った気がする。クライアントのこともしっかり理解できている。それでも日常に戻ると、また元の反応に戻ってしまう。
そんなとき私たちは、もっといい質問が必要なのかもしれない、もっと深い介入をしなければならないのかもしれない、と考えやすいものです。
けれど、変化が続かない理由は、介入そのものにあるとは限りません。変化が起き、それが日常の中に根づいていくための土台が、まだ十分に整っていないのかもしれません。
では、人が変わっていくために必要な土台とは何なのでしょうか。
「なくしたいもの」の奥にある、向かいたい方向
ジェネラティブ・トランスでは、最初に「これが嫌だ」「これをなくしたい」といった問題だけを扱うのではなく、その人がどこへ向かいたいのかを大切にします。
例えば、「不安をなくしたい」という言葉が出てくることがあります。でも、その奥には別の願いが隠れているかもしれません。
安心して人とつながりたい。自分を表現したい。嫌われる怖さから自由になりたい。
不安をなくすこと自体が目的なのではなく、その先に向かいたい生き方がある。そこが立ち上がってくるとき、人の中には、いわば生命感のようなもの、命が戻ってくるような感覚が生まれると言われます。
反対に、この方向が曖昧なままセッションを進めると、どうしても問題分析になりやすくなります。「なぜ不安なのか」「何が原因なのか」を理解することはできても、その人自身がどこへ進みたいのかが見えにくいままになるからです。
変化を支えるのは、問題が消えることだけではありません。向かう先が、その人の中で感じられていることも大切なのだと思います。
今ここに戻れなければ、変化に触れても留まりにくい
向かいたい方向が見えてきたとしても、不安の中にいる人は、必ずしも今ここにいるとは限りません。
かつての「あっち側」に行っていたり、まだ来ていない未来へ行っていたりする。そういう状態では、セッションの場にいても、実際には今この瞬間に十分にいられないことがあります。
だからこそ必要になるのが、センタリングです。
これは単にリラックスすることとは少し違います。体、呼吸、感覚を通して、自分の中心へ戻ってくる感覚です。体の安全を感じられるところへ戻ること、とも言えるでしょう。
セッションは「今ここ」で起きます。けれど不安によって過去や未来へ連れて行かれているとき、その場で何か大切なことに触れたとしても、それを受け取ったり留めたりすることは難しくなります。
変化のために何かを新しく加える前に、まずその人が自分の中心に戻れること。それが土台になるのだと思います。
深いテーマに触れる前に、支えにつながっておく
ただ、中心に戻ることができても、深いテーマに触れると人は圧倒されることがあります。安心や支えがないままでは、触れたものがその人にとって大きすぎる場合があるからです。
そこで重要になるのが、リソースにつながっておくことです。
安心感、支え、温かい記憶、信頼できる感覚。そうしたものが、その人の中にあるいはその人を支えるものとして感じられている状態です。
クライアントが変わらないとき、その人を「抵抗している」と見ることもできるかもしれません。でも、そうではなく、まだ統合に必要な条件が揃っていないのだと見ることもできます。
向かいたい方向があり、自分の中心へ戻る感覚があり、さらに深いところへ触れても支えとなるものがある。その条件が整っていてはじめて、セッションで起きることが、その人の中で無理なく統合されていくのかもしれません。
変化は、セッションの外側で人生になっていく
そして、セッションでの一連の体験を、その日のあとの日常へ橋渡しすることも欠かせません。
人はセッションの中だけで変わるというより、実際の日常の中で変わっていきます。
家族との関係。緊張する場面。これまでなら同じ反応をしていたような瞬間。そうしたところに、少しずつ新しい反応が現れてくる。そのためにセッションがあります。
セッションの場で得た感覚や体験が、日常と切り離されたままであれば、そこで「いいところまで行った」と感じても、元の環境に戻ったときに元の反応へ引き戻されやすいのかもしれません。
だから、日常への橋渡しを用意する。日常の中で起きる小さな変化が、その人の人生の変化になっていく。
クライアントが変わらないと感じるとき、技術が足りないとすぐに結論づけなくてもいいのだと思います。
その人には、向かいたい方向があるだろうか。今ここで自分の中心に戻れているだろうか。深いテーマに触れるための安心や支えにつながれているだろうか。そして、セッションで起きたことは日常へ橋渡しされているだろうか。
変化が続かない場面を、抵抗としてだけ見るのではなく、変化が根づくための条件という視点から見直してみる。そのとき、セッションで見えてくるものも少し変わってくるかもしれません。
