理論的には間違っていないことを伝えている。関わりも丁寧にしている。それなのに、クライアントさんがなかなか動き出さない。
対人支援をしていると、そんな経験はないでしょうか。
一方で、まだ大きな変化は起きていないのに、「なんだか変われそうな気がする」とクライアントさんが話すこともあります。では、この違いはどこから生まれるのでしょうか。
今日は、期待が無意識を動かし始める瞬間について、一緒に考えてみたいと思います。
変わるように説得する前に、準備をつくる
ミルトン・エリクソンのケースには、とても興味深いものがたくさんあります。けれどもエリクソンは、最初から「あなたは変われます」「その症状や痛みは消えます」と伝えることは、あまりしなかったようです。
むしろ、変化が起こるための準備を、丁寧につくっていきました。
無意識の側にまだ準備ができていない段階で、強く「変わりなさい」と働きかけると、拒否や抵抗が起こることがあります。支援者としては相手のためを思って伝えているのに、その言葉が入っていかない。そんなこともあるのではないでしょうか。
だからこそ、まずは無意識が自然に、「変化というものは起こるのだ」と思えるような世界観や状態をつくっていくのです。
「私はダメだ」という固定された見方をゆるめる
たとえば、自己否定が強く、「私はダメなんです」「私なんて」と話しているクライアントさんがいるとします。
そこに「そんなことはありませんよ。あなたには価値があります」と伝えても、なかなか受け取ってもらえないかもしれません。本人は「私はダメだ」と思っているからです。
そのとき、正しさで説得するのではなく、その人のこれまでの変化を一緒に見ていくことができます。
「昔はできなかったけれど、今はできるようになったことはありませんか」と尋ねてみる。車の運転も、最初からできたわけではないでしょう。人との関係性や、過ごす環境、感情のあり方にも、変わってきたところがあるかもしれません。
季節が移り変わるように、私たちはずっと変化の中で生きています。
そうした事実を積み重ねていくと、「自分はこういうダメな人間だ」という固定的な感覚が、少しずつゆるんでいくことがあります。自分の見ていた世界が、ほんの少し広がっていくのです。
期待は「希望」と少し違う
このように、これからの変化や可能性が入ってくる土台ができたとき、そこに生まれるものを、私は「期待」と呼んでいます。
これは、単純な希望とは少し違います。
たとえば、「今日は調子が悪いし、何も変わらないかもしれない」と思いながらセッションを受けていたら、起きたことを変化として感じ取るのは難しくなるでしょう。
一方で、「何か新しい感覚が起こるかもしれない」という状態でいると、どんな小さな出来事も、その新しい感覚と結びついていくことがあります。
身体の反応も、注意の向き方も、自分の内側で起きていることの感じ取り方も、変わってくるかもしれません。
まだ大きな結果が出ていなくても、「変化が起こるかもしれない」という期待があることで、同じ出来事の受け止め方が変わるのです。
変えようとするより、期待が生まれる場をつくる
対人支援では、つい「どうすれば相手を変えられるか」と考えてしまうことがあります。正しい説明をしたり、必要な助言をしたり、相手を前に進めようとしたりするわけです。
けれども、変化を急ぐほど、クライアントさんの無意識にとっては受け取りにくいものになっている可能性もあります。
大切なのは、変えようとすることよりも、期待が自然に生まれる場をつくることではないでしょうか。
エリクソンは、催眠を始める前から、無意識が変化の準備をするように関わっていたと言われています。その中心にあったのが、期待だったのだと思います。
「この人は、これまでどんな変化の中を生きてきたのだろう」「いま、どんな可能性なら自然に感じ取れるだろう」と、支援者である私たちも一緒に探究していく。
そうしているうちに、クライアントさんの中で、まだ言葉にならない新しい感覚が立ち上がってくることがあります。変化は、こちらが押し動かしたときではなく、その人の内側に「起こってもよいもの」として迎え入れられたときに、動き始めるのかもしれません。
