セッションのなかで、変化を促すための問いや次の介入を考えているのに、相手がなかなか応じてくれないことがあります。
少し抵抗感がある。歩調が合っていない。そんな感覚です。
こういうとき、支援者はつい、もっとよい問いを探したり、先へ進める方法を考えたりするかもしれません。でも、こちらが先に進みすぎると、相手には置いていかれたような感覚が生まれてしまうことがあります。
変化の前に必要なのは、変化を起こすことそのものではなく、もっと深いところで相手と呼吸を合わせることなのかもしれません。
こちらのリズムへ連れていかない
ここでいう「ペーシング」は、相手に賛成することでも、「いいね」と同意することでもありません。
クライアントがいまどんな世界を生きているのか。その人の参照枠に、支援者が一度入っていくことです。
呼吸にたとえるなら、こちらの呼吸のリズムへ相手を連れてくるのではありません。相手がしている呼吸のリズムやテンポに、こちらが合わせていく。
相手が早ければ、こちらも早く。相手がゆっくりなら、こちらもゆっくりとする。そうして初めて、握手ができる。関係が始まるのです。
だとすると、相手がこちらに合わせてくれることを待つのではなく、合わせられる側である支援者が先に相手の世界へ入る必要があります。クライアントが支援者のリズムに合わせるわけではないからです。
「そうですね」としか言えない体験に触れる
相手の世界へ言葉で入っていくときに使えるものとして、「自明の理」があります。
これは、相手が自然に「あ、そうですね」としか言えないような、いま実際に体験していることを言葉にすることです。
たとえば、いまこの文章を読んでいる人に対して、「いまあなたは文章を読んでいますね」と言う。これは単に情報を伝えているのではありません。実際にいま起きている体験のなかに、言葉を通して入っていくことです。
相手は無意識的に、「自分がいま体験しているところに、この人が来ている」と感じやすくなります。
自明の理は、何か特別なことを言って相手を動かす技術ではありません。すでにそこにある体験に触れ、相手と同じ場所に立つための入り口です。
一緒に踊れるところから、少しずつリードする
ダンスを踊るとき、こちらとあちらのリズムがまったく違えば、一緒に社交ダンスを踊ることはできません。
セッションも同じです。
ザイク博士は、まずそこからダンスが始まると言っています。最初に相手のテンポに合う。相手の世界に入る。そうして一緒に踊れるところに立ててから、少しずつリードし、新しい踊りを始めていく。
変化は、そのあとに起きていくものです。
支援とは、正しい方向へ導くことから始まるのではないのかもしれません。そのもっと手前に、一緒に立てる場所を見つけることがある。
いま目の前にいる相手は、どんなリズムで呼吸をしているのか。変化を急ぎたくなったときほど、そこへ一度戻ってみる必要があるのだと思います。
