対人支援をしていると、こちらがいろいろな言葉を届けても、なかなか響かないクライアントさんに出会うことがあります。

「私はいない方がいい」「どうせ私なんて」「私には価値がありません」。そう語る一方で、話していても、そこに誰かがいる感じが薄い。まるで、いないことにされた自分と一体化しているように見えることはないでしょうか。

このような時、支援者である私たちは、何から関わっていけばよいのでしょう。

「私は問題です」という姿勢にも、生き延びてきた理由がある

クライアントさんは、今この瞬間、あるいは悩んでいるその瞬間に、自分を守るための一つのアイデンティティを前面に出すことがあります。

「私は問題です」「私は価値がありません」「私は捨てられる存在です」「私は被害者です」。こうした言葉は、その人の本質を表しているというより、苦痛に耐えるための生存戦略として現れている姿勢なのかもしれません。

だからこそ、まず必要なのは、その姿勢を否定することではありません。

「そのように感じるのは、あなたのこれまでの経験からすると、とても自然なことですね」「その姿勢を大事にしながら、ここまで生き抜いてこられたんですね」と、理解し、承認していくことです。

支援者から見ると、何とか変わってほしいと思うような言葉であっても、その人にとっては、そうならざるを得なかった時間があったのではないでしょうか。

まず承認することで、「ここにいてもいい」が生まれる

ここで大切なのは、いきなり別の見方を渡そうとしないことです。

「あなたには価値がありますよ」「あなたは選択する力を持っていますよ」と伝えたくなる場面もあるでしょう。ただ、その言葉がまだ本人の中にない時、支援者から一方的に伝えても、なかなか届かないことがあります。

「私は無能だ」と語っている人に、「あなたには選択する権利があります」と言えば、それでその人が自分の力に気づけるとは限りません。

むしろまずは、「そう思うほどの経験をしてきたのですね」「その姿勢で、自分を守ってこられたのですね」と、その人が今いる場所にこちらが近づいていく。

そうすると、クライアントさんは少しずつ、「自分がいない」状態から、「ここに存在してもいい」という感覚を持てるようになることがあります。

これは、支援者との関係に安全性が生まれる瞬間でもあるのではないでしょうか。

表に出ている自分の反対側に、補完的な自分がいる

表に出ているアイデンティティには、それを補うもう一方の側面があります。私はこれを、補完的なアイデンティティと呼んでいます。

たとえば、「私は問題そのものだ」と語る人の中には、「私はリソースを持っている」「私には味方がいる」という側面があるかもしれません。

「私は捨てられる存在だ」という言葉の反対側には、「私は人とつながれる」「私は守られる」という可能性があります。

「私は無能だ」と感じている人にも、「私は選択する力を持っている」という側面があるかもしれません。

支援者は、表に出ている姿勢だけを見るのではなく、その人の中に補完的な自分も存在していることを知っておく。そして、どちらか一方を否定するのではなく、両方に心を開いて語りかけていくことが大切になります。

補完的な側面を、支援者が先に押しつけない

ただし、ここには大事な注意点があります。

補完的な側面を、支援者が正解として押しつけないことです。本人がまだ「自分には力がある」と感じられていない段階で、こちらが「あなたには力があります」と決めてしまうと、その人の今の体験を置き去りにしてしまうかもしれません。

支援の役割は、補完的な自分を支援者が与えることではありません。クライアントさん自身が、そこに気づいていけるような場を整えることです。

その入り口になるのが、まず、今表に出ている姿勢を承認することです。

「いないことにされた自分」に囚われているように見える時、その人は、ただ動けなくなっているのではないのかもしれません。その姿勢を抱えながら、何とか生き抜いてきたのです。

そのことを支援者が丁寧に受け止めた時、クライアントさんは少しずつ、自分の存在をこの場に取り戻していけるのではないでしょうか。

表に出ているアイデンティティを承認し、その奥にある補完的な自分にも、いつか本人が気づいていけるように関わる。その最初の一歩は、変化を急ぐことではなく、まず「ここにいる」ところから始まるのだと思います。

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