クライアントの話を聞いていると、「何かしなければ」と思うことがあります。
このままでは堂々巡りなのではないか。何か変化を起こさなければ、関わっている意味がないのではないか。そう感じて、一生懸命に言葉を探し、介入しようとする。
けれども、そのときほどクライアントの反応が浅く感じられたり、本質的な変化につながっていないように思えたりすることがあります。
なぜ、変化を起こそうとするほど、関わりがズレてしまうのでしょうか。
そのとき私たちが急いでいるのは、目の前の人を変えることかもしれません。でも実際に起きている変化は、一人の中だけで起きるものではなく、関係の中で立ち上がってくるものです。
「何かをする」前に、何もしないでいる
支援者はどうしても、「何を言うか」「どう介入するか」に意識が向きます。
もちろん、何かをすること自体が悪いわけではありません。ただ、何かをするためには、その前に何もしないでいる状態が必要なのだと思います。
ここでいう「何もしない」は、ただ黙っていることではありません。
すぐに解釈しない。すぐに意味づけない。すぐに方向づけない。
相手の話を聞いたとき、自分の中に浮かんだ理解や見立てを、すぐに差し出さないでいる。何も知らないでいる、何もしないでいる。そうした状態を、Not knowing、Not doingと表現することがあります。
変化を急ぐと、私たちはつい、相手の言葉をすばやく理解し、「次に進める」ための意味を与えたくなります。でも、その速さが、クライアントの内側でまだ形になっていないものを置き去りにしてしまうことがあるのかもしれません。
言葉の奥では、すでに何かが語られている
クライアントを理解しようとするとき、私たちは言葉の内容に集中しがちです。
けれども、実際には言葉の奥にある身体の情報が重要なことがあります。
呼吸の浅さ。声の揺れ。身体の緊張。あるいは、その場にある空気。
こうしたものは、ときに言葉よりも正確に、その人の状態を表しています。そして、それは自分自身の身体を通してしか感じ取れません。
だからこそ、言葉を聞いてすぐに「これはこういうことですね」と理解を固める前に、少しとどまる必要があります。
相手の言葉だけでなく、声や呼吸、自分の身体に感じているものも含めて、その場にいる。そこで初めて、言葉になっていない情報が関係の中に入ってくるのだと思います。
変えようとする相手ではなく、関係を支える
「この人をどう変えるか」と考え始めると、支援者は知らず知らずのうちに、相手をコントロールする側に立ちやすくなります。
けれども実際に起きているのは、関係の中での変化です。
支援者が支えているのは、相手そのものを変えることではなく、二人の間にある関係なのだと思います。
そのためには、身体で感じている自分と、理解している自分の両方を保つ必要があります。
感じているだけでもなく、理解だけに寄りかかるのでもない。その両方を持ちながら、目の前の関係を支えている自分でいる。
そう考えると、「何かしなければ」という焦りも、少し別のものに見えてきます。今すぐ相手を動かそうとするのではなく、相手の内側で何かが動き出せる関係を保てるかどうかが、問われているのかもしれません。
数秒の余白が、内側が動き始める場所になる
そのためにできることは、とても小さいことです。
クライアントが話した後、すぐに反応しない。
ほんの数秒でも、何もしない時間を取ってみる。
すぐに質問を重ねない。解釈を返さない。次の方向へ進めようとしない。その余白の中で、クライアント自身の内側が動き始めることがあります。
変化を生む関わりは、何かをうまくすることから始まるとは限りません。
むしろ、すぐに何かをしないでいられること。その場にあり、感じ、理解しながらも、急いで形にしないこと。
変化を起こそうとしてズレているように感じるときには、次の言葉や介入を探す前に、少しだけ立ち止まってみてもよいのかもしれません。そこにある数秒の余白が、クライアントの中から自然な変化が立ち上がるための場所になることがあります。
