「もう少し、自分に優しくしてみましょう」「いったん落ち着いて、感じてみましょう」
対人支援の場で、よかれと思ってそう伝えたことはないでしょうか。けれど、その言葉を受けたクライアントさんが、かえって苦しくなったり、心を閉じてしまったりすることがあります。
励ましたつもりなのに、反応が強くなってしまう。安心してほしいと思ったのに、クライアントさんの表情や身体が固まってしまう。
今日は、思いやりや落ち着きといった、一見すると健やかに思えるものが、クライアントさんにとっては危険になることがある、というテーマを一緒に考えてみたいと思います。
「優しくすること」が、なぜ苦しさを呼び起こすのか
人の中にはもともと、好奇心や思いやり、落ち着きといった健やかな状態が備わっています。大人になったから失われてしまった、ということではありません。
ただ、成長する中で、そこにつながれなくなっていることがあります。
そして人によっては、思いやりや落ち着きそのものが、危険なものとして感じられる場合があります。
たとえば、自分に優しくしようとした瞬間に、急に涙があふれて止まらなくなる。幼い頃の感覚に飲み込まれたようになる。こうした時には、思いやりがトリガーになって、押さえられていたパーツが呼び起こされているのかもしれません。
「優しくすれば安心できるはず」と、私たちはつい考えます。けれど、その人の内側では、優しくされることが、過去の何かと結びついていることもあるのです。
「落ち着いて感じる」が、フリーズになることもある
「少し落ち着いて感じてみましょう」と伝えた時、クライアントさんの身体が硬くなり、固まって動けなくなることもあります。
それは、その人にとって落ち着きが安心ではないということかもしれません。落ち着くという状態が、過去の経験の中で、フリーズ、つまり凍りつくこととして学習されている場合があるのです。
そう考えると、こちらが安心を届けようとしているのに、相手の内側では危険を知らせる反応が起きている、ということも見えてきます。
ここで大切なのは、「落ち着けないのは問題だ」と考えないことではないでしょうか。落ち着きや思いやりに触れた時、何が起きているのかを丁寧に見ていく必要があります。
すぐに励まさず、「その感覚はどんなふうに来ていますか」と尋ねる
では、思いやりや落ち着きに直接触れることが難しい時、どこから始めればよいのでしょうか。
その入り口の一つが、好奇心です。
好奇心を持つことで、クライアントさんの感覚に巻き込まれすぎず、かといって切り離すこともなく、少し距離を取りながら関わることができます。
たとえば、クライアントさんが「もうダメです」「私はダメです」と話したとします。その時、すぐに励ましたり、原因を分析したりするのではなく、「その感覚は、どんなふうに来ていますか」と尋ねてみる。
すると、「胸に重さがあります」「喉が詰まる感じがします」といった、体験としての気づきが始まることがあります。
言葉の内容を変えようとする前に、その言葉がどのように現れているのかを見ていく。そこが、変化の入り口になるのではないでしょうか。
「私はダメ」と言っているのは、内側の誰なのか
もう一つ役に立つのは、その言葉を一体誰が言っているのかを見ていくことです。
私たちの内側には、続けたい自分、離れたい自分、怖がっている自分など、いくつものパーツが同時に存在していることがあります。
「私はダメ」という言葉も、その人全体のすべてから出ているとは限りません。どこから来ているのか。誰の視点なのか。どんなパーツがそう感じているのか。
そのように少し客観的に見ていくことで、好奇心を呼び起こすことができます。
健やかさは、失われているわけではありません。ただ、そこに直接触れようとすると、過去に学習された反応が呼び起こされることがあります。
だからこそ、すぐに優しさや落ち着きへ導こうとするのではなく、「これはどこから来ているのだろう」「今、内側の誰が反応しているのだろう」と、好奇心を入り口にしてみる。
変化は、こちらが正しい状態へ連れていくことで起きるとは限りません。クライアントさんの中で、何が起きているのかを一緒に眺めていく。その関わりの中から、内側にある健やかさへつながる道が、少しずつ見えてくるのかもしれません。
