「どうせ私はダメなんです」と、何度も自分を否定するクライアントさん。人間関係でいつも同じことに悩み、助言をしても、また元の状態に戻ってしまうクライアントさん。

対人支援の場では、そんな姿に出会うことがあるのではないでしょうか。

そのとき私たちは、「本当は変わりたくないのかな」「抵抗しているのかな」と考えてしまうかもしれません。けれども、もしその行動が、その人にとって誰かとつながるための唯一の方法だったとしたら、見え方は少し変わってくるのではないでしょうか。

苦しい行動の奥にある「つながり」

今日は、交流分析でいう「ストローク」と、行動が強化されていくという視点から考えてみたいと思います。

人は生まれたばかりの赤ちゃんのころから、誰かとのつながりを必要としています。ひとりでは生きていけないため、泣いたり、笑ったり、手を伸ばしたりして、相手に近づこうとします。

それは「こうしよう」と考えて行うというより、自然にそうするものです。そして、その行動に対して相手から反応が返ってくる。そのやり取りが、ストロークとして残っていきます。

泣いたら抱いてもらえた。笑ったら笑い返してもらえた。そうした経験を通して、「この行動をすると誰かとつながれる」「これで生き延びられる」ということを、私たちは学んでいくのかもしれません。

これは、大人になってからも同じです。

「自己否定すると励ましてもらえる」という回路

たとえば、「どうせ私はダメなんです」と話すクライアントさんがいるとします。

その人がいろいろな場所でそう話すたびに、「そんなことはないですよ」「大丈夫ですよ」と言われてきたとしたら、自己否定をすると一瞬安心できる、という経験を重ねている可能性があります。

自己否定をする。すると誰かが励ましてくれる。自己否定をすることで、誰かと関わってもらえる。

この回路が、無意識のうちに強くなっていくことがあります。だから、その人はどこへ行っても、「自分はダメだ」と話すようになる。そうすれば、「そんなことないよ」と言ってもらえるからです。

もちろん、その人は意図的に相手を動かそうとしているわけではないでしょう。自分の存在を感じるために、これまで身につけてきた方法を使っているだけなのかもしれません。

ネガティブな関わりでも「何もない」よりはいい

人は、ポジティブなストロークだけを求めるわけではありません。怒られること、責められること、心配されること。そこに苦しさがあったとしても、関わりがあるという意味では、何もないよりいいと感じることがあります。

いちばん苦しいのは、無視されることかもしれません。

たとえば、子どもが静かにしているときには、親が忙しくて反応しない。でも、子どもが騒いだときだけ、「うるさい」と反応する。そうすると、その子は「騒ぐとつながれる」と学んでいきます。

大人になってからも、形を変えて相手の注意を引こうとすることがあるでしょう。怒り、症状、トラブル。そうした行動によってしか、誰かとの関係をつくれない状態になることもあります。

騒がなければ、自分の存在を確認できない。問題を起こさなければ、見てもらえない。そのような学習を、本人は無意識のうちに続けてきたのかもしれません。

行動を止める前に「何を得ようとしているのか」を見る

支援のなかで大切なのは、問題の行動をすぐに止めようとすることではなく、その行動の奥で、その人が何を得ようとしているのかを見ることではないでしょうか。

すぐに怒る人の奥には、「自分がここにいていいと感じたい」「ちゃんと見てほしい」という思いがあるかもしれません。

症状の話を続ける人の奥には、「このつらさを誰かと共有したい」という願いがあるかもしれません。

そう考えると、その行動は簡単には止められないものだと分かります。それは、その人にとって存在確認であり、生存確認でもあるからです。

だからこそ、「その方法をやめましょう」とするだけではなく、別の方法で安心やつながりを得られる経験を増やしていく必要があります。

もし、この方法以外で同じ安心やつながりを得られるとしたら、どんな方法があるでしょうか。

変化とは、古い行動を無理に奪うことではなく、新しいつながり方を育てていくことなのかもしれません。

私たちが支援のなかで強化しているのは、問題そのものではなく、その人の可能性でしょうか。それとも、知らないうちに、これまでと同じ関わり方を強めているでしょうか。

目の前の行動だけでなく、その奥にある「誰かとつながりたい」という願いにも目を向けながら、どんな新しいストロークをともに育てられるのか。そこから、支援の見え方が少し変わってくるのではないでしょうか。

この内容を動画で見る

カテゴリー一覧