こんなことはないでしょうか。
コーチングやセラピーで、丁寧に質問しているつもりなのに、クライエントがなかなか動かない。
「今、どんな感じがしますか」と身体感覚に目を向けても、「よくわかりません」と返ってきて、そこから深まっていかない。
リソースを扱っても、どうも入っていかない。こちらは必要な介入をしているはずなのに、変化が起こらない。
そういうとき、私たちはつい「質問の仕方がよくなかったのか」「別の技法を使ったほうがいいのか」と考えます。けれども、もしかすると問題は介入の内容ではなく、介入が入る前の土台にあるのかもしれません。
変化を起こす前に、変化が起こる世界を用意する
今日は、変化の前に何を用意しているのか、何をつくっているのかという視点から考えてみたいと思います。
エリクソンは、患者さんに対して、いきなり「これを変えましょう」と直接働きかけることは、あまりしなかったようです。その代わりに、人は無意識に学習していることや、注意の向け方によって体験が変わることを大切にしていました。
つまり、変化が起きても不思議ではない世界を、介入の前に用意していたのではないでしょうか。
私たちは、相手を変えようとするとき、「その痛みは変えられますよ」「こうすれば楽になりますよ」と伝えたくなります。もちろん、それが必要な場面もあるでしょう。
ただ、相手が「これまで何をしても変わらなかった」と感じているとしたら、直接的な助言が、そのまま入っていくとは限りません。
工場の騒音の中で、人の感覚は変わっていった
エリクソンが、ある工場を訪れたときの話があります。工場の中は、とても大きな騒音に包まれていました。
ところが、そこで働いている作業員たちは、その騒音の中で普通に会話をしていたそうです。外から見れば、とても会話が成立するような環境には思えません。それでも、作業員たちは自然にやり取りをしていました。
エリクソン自身も、その騒音の中で一晩眠りました。そして朝起きると、会話ができるようになっていたといいます。
この話を、クライエントへの介入の前に伝える。するとそこには、「人の感覚は固定されたものではない」「意識して無理に変えなくても、無意識のうちに変わることがある」という世界観が生まれます。
「あなたは変われます」と説得するのではありません。
「変化は自然に起こることがある」と、まず一緒に体験していくのです。
症状を直接扱わず、変化の可能性を先に伝える
たとえば腰の痛みを抱えている人に、「今から腰の痛みについて話します」と直接伝えるのではなく、人の感覚が変わった話や、無意識に学習していく話をする。
表面上は、症状とは少し離れた一般的な話に見えるかもしれません。しかし、その話の中には、「体験は変わることがある」という予告が含まれています。
そのため、クライエントに強い抵抗を起こさせずに、変化が起きる世界観を受け入れてもらいやすくなる。そういう関わり方があったようです。
ここで大切なのは、単に遠回しに症状を扱うことではありません。相手がこれから受ける介入を、どのような世界の中で体験するのかを、あらかじめ整えておくことです。
「変われない世界」の中にいる人と出会うとき
変わりたいと思って相談に来る人は、これまでにもいろいろなことを試してきたかもしれません。それでも変われなかった経験が重なると、「自分は変われない」という世界観の中で、この場にいることがあります。
その状態のまま、どれほどよい介入をしても、本人は「どうせ変わらない」という世界の中で体験することになります。すると、変化が起きる可能性があっても、それを受け入れにくくなるかもしれません。
だからこそ、介入の前に、変化が起きる世界を先に体験してもらう。
このような、介入が効果的になるための土台を、治療的参照枠と呼びます。技法を使うことだけが支援ではなく、クライエントのニーズを中心に、その技法が届く場を準備することも支援の一部なのだと思います。
もし今、質問や身体感覚への誘導、リソースへの働きかけがうまく入っていかないと感じているなら、すぐに技法を変える前に、「私はどんな世界観の中で、この介入を行っているだろう」と考えてみてはいかがでしょうか。
変えようとする前に、変化が起きても不思議ではない場をつくる。そこから、クライエント自身の変化が始まっていくのかもしれません。
